■ Your Eyes Only ■

 

 

 

 久しぶりに多めの酒が入ってウトウトしかけていた俺の背中を、ベッドの横で膝立ちになった雷電の指が遠慮がちに突付く。今日はジェシーの健康診断だったが、ナノマシン注入前だったとはいえ念の為精密検査をしてほしいと奴が言うので、今夜はナオミのところに預けてきた。おかげで、夜中にミルクだオムツだと起こされる心配もない。ぐっすり眠れるはずだった。

「……なあ、スネーク。スネーク?」

 せっかく今夜はコイツより先に寝てしまえると思ったのに。毎晩一緒のベッドで、惚れた相手の寝顔やら寝息やらに刺激されつつ、朝まで耐える身にもなってくれ。

「…………スネーク? 寝てるのか?」

 やれやれ、仕方ない。俺は今目が覚めたような振りをして、雷電のほうに寝返りを打った。

「ん……? どうした?」

 その格好を見て、いっぺんに目が覚めた。パジャマ代わりに貸しているコットンシャツの前をはだけて、他には何も身に付けていなかったからだ。いつもはシャツのボタンも上まできちんと留めて、下はジーパンなのに。

 俺は身体を起こし、奴の方を見ないようにしながら枕元のタバコに手を伸ばした。ゆっくりと蒸かしてインターバルを取る。

「~~~~で、どうしたんだ、一体」

「スネーク……あの……」

 しばらく逡巡するように視線を泳がせたあと、雷電は意を決したように俺を見上げた。

「やっぱり俺、迷惑なのか?」

 コイツは時々こういう、答えに窮することを訊く。

 俺はタバコを肺一杯にじっくり吸い込んでから言葉を選んで、正直なところを煙とともに吐き出した。

「……いや、そんなことはない。まあ、少し戸惑ってはいるがな。迷惑だとは思っていない」

「じゃあ、どうしてその…………してくれないんだ?」

 縋りつくような瞳が、それでも真っ直ぐに俺を見つめる。

「………お前は、して欲しいのか? 見返りのつもりなら、そんなものは必要ない」

 安全と引き換えに身体を奪っても、自分が惨めになるだけだ。コイツが俺を嫌っていたとしても、たとえローズと一緒だったとしても、俺はきっと命懸けで守るだろう。

「やっぱり男じゃ……俺じゃ、ダメなのか? ダメなら俺、出て行くから……。遠慮しないで、正直に言ってくれ」

 俺のシャツをきつく握り締めた指が、白くなって震えている。

「…………悪かったな、そこまで言わせて。オジサンは何かと面倒なんだ。色々考えちまってな」

 これは本当だ。コイツが転がり込んできてから、随分考えた。このまま手を出さずに、騙して無理やりにでも、安全なところに送るべきなんじゃないかとか、俺の命はあと、もって数年かもしれないとか、結局コイツがもっと傷つくことになるんじゃないかとか、色々。

 だが、もう、覚悟を決めよう。どんなことをしてでも、一緒に生きていく覚悟を。いつか失って二人とも傷つくかもしれない、それでも。「どこかで幸せに」なんてキレイごとだ。先の事なんて誰にも、わかりはしない。

「…………お前は、強いな。強くなった」

 ただ流され、利用されていた一年前とは違う。自分で考え、自分で決めて、真っ直ぐにぶつかってくる。傷つくことからも、傷つけることからも、逃げていた俺とはえらい違いだ。

「……? アンタのほうが強いじゃないか」

「いや、俺はただの臆病者だ」

 本当は、ずっと、こうしたかった。

 何度もゆっくりと口付けながら、ベッドの上に雷電の身体を引き上げる。奴はされるがままにシーツに身を投げ出し、静かに目を閉じた。

 頤から喉、首筋、鎖骨へ舌を這わせていく。雷電が身体を震わせた部分を軽く吸い上げていくと、奴の唇から小さな喘ぎが上がった。袷から差し入れた指先で乳首をなぞり、ぷつりとした感触を指先で転がす。

「……ぅ……ん……っ……はぁ……」

 そのままゆっくりと、羽織っていただけのシャツを脱がせた。しなやかな筋肉を纏った肢体が月明かりの中で青白くなまめいて息づいている。

「……勿体ないことを」

 思わず、口に出してしまった。白く滑らかな肌のそこここに刻みこまれた、無機質なラインや文字。アーセナルで初めてこいつの全裸(俺の時は下は脱がされなかったのに、あの変態オヤジ共! すぐにオルガが脱出させてくれたから良かったものの、そうでなければどうなっていたか、考えただけでゾッとする)を見たときも思ったが、これがなければさぞ綺麗だったろうに。

「…………? 刺青のこと?」

 まるで祈るように閉じられていた瞳が、伺うように開かれて俺を見つめた。

「ああ」

「……ごめん」

 雷電が一瞬、泣き出しそうな顔で俯く。余計なことを言ってしまったようだ。

「謝ることはない。まあ、これはこれでイイもんだ。全部ひっくるめて、今のお前があるんだからな」

「や……っ…」

 気を逸らせる為に、快楽の中心をダイレクトに握り込んで少し強めに刺激してやると、赤い唇から小さな悲鳴が上がった。男を抱いたことは数えるほどしかないが、ここは自分でする時と同じ様にすればいい訳だろう。

「……ぁ……ぁ……ぅ、ん……」

 緩急を付けて擦り上げながら、胸に首筋に朱印を散らせる。皮膚が薄いのか、白い肌は少し吸い上げるとすぐに、赤い花を浮かび上がらせて征服欲を掻き立てた。体毛はかなり薄い。白色人種特有の体臭も、殆ど感じられない。微かに甘い香りと汗の匂いがする。

「…ぁ…ん……ス…ネーク、も……っ」

 シーツを掴んでいた奴の手が俺の股間をまさぐる。俺はベルトだけ抜き取って、雷電のするに任せた。愉悦に震える指先がジッパーを下ろし、熱を帯び始めたものにおずおずと触れてくる。その動きは随分たどたどしかったが、それでも俺の興奮を掻き立てるには充分過ぎるほどだった。奴を追い上げる動きに力が篭る。しばらく無言で互いを高めあった。

「や、だ……っ……も……だめ…っ……イク……っ」

 先に音を上げたのは奴の方だった。時折全身が強張り、絶頂が近いことを知らせている。遠慮するな、と言うと、快感を振り払うように必死に首を振った。

「……そ、んな…っ……俺だけ……イヤだ……っ」

「心配するな。あとで俺も一緒にいかせてもらう」

 俺はもう殆ど力の入らない様子の奴の手を解き、投げ出された脚の間に自分の身体を割り込ませた。白いものが零れ始めている目の前の屹立を口に含む。抗って俺の頭を押さえつけてくるのを構わず、そのままリズムを付けて娼婦の手管を真似て刺激してやる。

「…っあ、やだ、だめ、いや、イク、だめ……やぁああぁ……っ!」

 ビクビクと大きく身体を波打たせて、雷電は俺の口の中に放出した。残滓が残らないようゆっくりと吸い上げて、微かに苦味を帯びたそれを飲み下す。別段旨いものではないが、不思議と嫌悪感は感じなかった。

 口元を拭いながら、汗に濡れ、荒い呼吸を繰り返す力の抜けた身体をうつ伏せにし、双丘のあわいを押し開く。呼吸に合わせて喘ぐ小さな窄まりは、まだ堅く閉ざされていた。やはり男娼とは違って、このままではとても受け入れられそうにない。少し考えて、俺はそこに唇を近づけた。

「ちょっ……! スネーク!」

 意図を察したのか、それまで大人しくされるがままになっていたのが、まだ自由に動かない身体を強張らせて必死に抗う。構わず押さえこみ、その部分に口付け、舌を這わせた。

「やめ……っ……そんなこと、しなくていい……っ!」

 悲痛な声が上がる。やめてくれと、俺なんかにそんな気遣いは無用だと。

「黙ってろ。血を見るのは好きじゃない」

 俺は押さえつける腕に更に力を込めた。固く閉じられたままのそこに舌先を押し込むようにして、丹念に唾液を塗りこめる。

「……や……そんな、こと………どうせ俺……初めてじゃない、のに……っ…」

「いいから、大人しくしてろ」

 滴るほどに濡らしながら、わななく淡い蕾を指先でゆっくりと揉み解す。前の方も掌で包み込んで、柔らかく扱きたててやる。もがいていた身体から少しずつ力が抜けていき、悲鳴が啜り泣きに変わっていく。

「……ン……やだ……や、だ…ぁ……」

 雷電は両手で顔を覆って、弱々しく首を振る。それが嫌悪からだけではないのは、再び首を擡げ始めた部分を見れば明らかだった。指が3本も埋め込めるようになる頃には、その先端からはトロトロと蜜が溢れ出し、鼠頸部が不規則な痙攣を起こし始めた。

「……ス、ネー……ク……もう……っ」

「わかってる……俺ももう、限界だ。……きつくても許せよ」

 仰向けさせ、子供のように泣きじゃくっている頬を両の掌で包んで口付ける。力を失った両脚を大きく拡げさせて、濡れそぼってひくついている狭い入り口に張り詰めた自分のものをあてがった。雷電が俺の首筋にしがみついてくる。

「……っ、あ……スネー…ク…」

「……力、抜いてろ」

 押し付けて先走りの液をなすりつけ、何度目かで一息に腰を押し進める。ぎちり、と肉のきしむ感触が走った。雷電の爪が、背中に食い込む。

「ん……あぁあああぁっ! …ひ…ぃ…っ」

「く…っ!」

 きつい。狭いそこは、想像以上にきつかった。不自然に拡げられた肉の輪がきりきりと、痛いくらいに喰い締めてくる。

「雷電……落ち着け。ゆっくり息をしろ」

「…は……っ、あ……ぁあ……」

 奴の呼吸が整うまでそれ以上動かさず、宥めるように髪を撫で、頬に口付けてやる。全身に篭っていた力が少し抜けてくると、雷電は眦に涙を浮かべたまま不安そうに俺の顔を見上げた。

「……ごめん……ちょっと、待って……久しぶり、だから……アンタの、大きい、し…っ……痛く、ないか? スネーク……」

「……馬鹿者。自分の心配をしろ」

 大丈夫か? きつければやめてもいいぞ?

 正直、ここまで来て止めるのはかなりツライ気がしたが、コイツを傷つけるよりはマシだ。俺にサディストの気はない。少し腰を引くと、雷電は俺に抱きつく腕に力を込め、しっかりと首を横に振った。

「だい、じょうぶ……続けて……もう、馴染んできたみたい、だし……」

 俺、アンタが欲しい。

 苦しげな息の下で訴える。涙を浮かべながら、それでも真っ直ぐな瞳で。

 可愛いとか綺麗だとか愛しいとか離したくないとか。

 色々な想いがどっと溢れて、俺は思わず奴を抱きしめ、舌の根が痛くなるほどに口付けた。

「……わかった。辛ければそう言え」

 そこになるべく負担が掛からないよう両の掌で尻肉を押し広げ、ゆっくりと腰をくゆらす。抽挿するにはまだ少しきつい。あまり出し入れせず、まとわりつく肉を掻き混ぜるようにしてしばらく様子を見る。

「……ぁ……ぅ、ん……っぁ……く…ぅっ……」

 動かすたび、雷電の濡れた唇が大きく開いて、堪え切れないような喘ぎが漏れた。その中に少しずつ、微かに甘いものが混じり始める。反応を見ながらじわじわと捻じ入れ、押し出す動きに任せてずるりと抜き出す。繰り返し。

「……あぁ……あぅ……あ・あ……っ…」

 そうする内、苦痛に顰められていた眉根が緩んで、あからさまな官能の声があがり始めた。侵入を拒んでいた肉の輪が段々と緩み、誘うように吸い上げてくる。互いの分泌液でぬめりを増した部分から、粘着質の音が聴覚を刺激する。

「……雷電? もう大丈夫か?」

「……っあ……ス、ネーク……もっと……もっと来て、いい……っ」

 一度は痛みに萎縮してしまった快楽を示す部分も、再び頭を擡げ始めている。俺は奴の片足を肩の上に抱え上げ、もう一方の手で蜜を零しはじめたそれを握り込んだ。

「……やぁ…っ! ……ま、た……来る…っ…」

雷電が首を振って、わななく指で俺の手を引き離そうとする。俺は逆に奴に自分自身のものを握らせ、その上から押さえつけてゆるゆると擦り上げた。初めは焦って離そうとしていたのが、段々と自ら快感を追う動きに変わっていく。

「…あぁっ…ス、ネーク……だ、め……イク…っ……」

「いい子だから、もうちょっと待ってろ。一緒にイクんだろう?」

 耳元で囁くと泣き腫らした目で俺を見上げ、あどけない子供のようにコクンと頷いて瞳を閉じた。ほんのりと赤く染まったその目蓋に口付けを落としながら、抽挿の速度を速める。奴の尻肉を掴んで、腰を思うさま揺さぶった。

「あぅ…う、ん…ぅっ…く…うぅぅ…っ」

 放出を堪えている雷電の身体が、不規則な痙攣を繰り返す。その度に俺を包み込んでいる肉がヒクヒクと脈打って絞り上げ、たまらない感覚が俺を追い詰めてきた。

 蜜を溢れさせている穴をくじるように指先で刺激すると、熱く蕩けた柔らかな肉がキュウッと締め上げて、擦り立てられるそこから強烈な快感が脳天まで突き上げる。

「…っ雷電……雷電…っ…」

「…あっ…あ、あ…っ……ぁく…っ…………ぁああああぁぁ……っ!」

 俺が欲望を最奥に叩き付けるのと同時に、雷電も悲鳴のような声をあげ、堪えていたものを迸らせる。しばらくはそのまま倒れ込むようにして、互いの熱を、鼓動を確かめ合う。

 充分に呼吸が整い、ようやく抜き出そうとして俺は、その離れがたい感触に逡巡した。いつもなら一度放出してしまえばすっきりして、その気も失せてしまうのだが。奴の中で脈打っているそれはいまだに硬度を保ち、なかなか治まりそうもない。

 名残惜しさにそのまま汗に光る白い肌を啄ばんでいると、雷電が潤んだ瞳をゆっくりとしばたいた。身の内に感じるのであろう俺の状態に、はにかんだ笑みを浮かべて囁く。

「……俺も、もっと欲しいよ……アンタがよければ、だけど……」

 

 

 

 

「ん……まだ……このまま…………」

 後始末のため体を離そうとすると、雷電の震える指先が俺の腕を押さえた。何度も登りつめた肢体にはまだ、時折、小さな痙攣が走っている。

「このままじゃ気持ち悪いだろうが。お前はそのままくたばってろ。綺麗にしておいてやる」

 繋がったままの部分は俺と奴の体液でべったりと濡れている。俺はともかく、本来不自然な行為を強いられた雷電のその部分は、早く開放してやるべきだろう。

「いいから、もう少し……」

 指先に力が篭った。仕方なく(というより俺もしばらくそうしていたかったので)、俺は奴の上に倒れこんだままの姿勢で、片肘で自分の体重を支えるようにした。形のいい耳朶や汗で湿りを帯びた柔らかな髪に啄ばむようなキスを繰り返す。

「はぁ……ちょっと、意外だった」

 少し呼吸が整い始めて、ようやく雷電がそれまで閉じていた瞳をゆっくりと瞬いた。溜め息混じりに口を開く。散々啼かせたせいか、少し声が嗄れている。

「何がだ」

「スネークって多分もっと……タンパクなんだと思ってた。なかなか手ェ、出して来なかったから」

「~~~~それは褒めてるのか、呆れてるのかどっちだ?」

「……両方」

「なら、褒め言葉だと思っておこう」

 雷電が起き上がりかけたので、俺は奴が動けるよう自分の体を浮かしてやった。ずるりと俺のものが引き出され、幾度も流し込まれた精液が小さな音を立てて溢れ出る。だが奴はぐったりと寝返りを打つと、仰向けになってそのまま目を閉じてしまった。びっしりと汗の浮いた白い胸が、まだせわしなく上下している。

 色々と強がりを言っていたが、やっぱりきつかったのだろう。俺も我ながら情けないことに興奮してしまって、手加減するだけの余裕がなかった。

 手早く2人分の汗と体液を手近にあったタオルで拭い、足元で丸まっていた毛布を引っ張りあげて雷電の太腿から背中の辺りに掛けてやる。

「起きられるか?」

「…………まだ、ちょっと無理」

 動けるようになったらシャワーも浴びさせてやろう。そう思いながら、ベッドの背凭れに上半身を預け、枕元のタバコに手を伸ばす。窓の外からは小鳥の囀りが聞こえる。もうすっかり夜が明けてしまったようだ。軽く伸びをして首を鳴らすと、雷電も小さく伸びをして、目を閉じたまま俺の胸元に擦り寄ってきた。

 こういう仕草は、まるで満ち足りた猫のようだ。今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうな顔。ためしに猫にするように喉元をくすぐってやると、くすくすと笑って口を開く。

「なあ、アンタは……俺のどこが気に入ったんだ?」

「……そんなもん、今さら訊くな」

「訊かなきゃ教えてくれないじゃないか。『訊かなかっただろ?』とか言って」

「…………それは……。…………さあな、俺にもよく判らん」

 幾ら雷電の顔が好みだったとはいえ、周囲に美人は事欠いていない。なんでわざわざ子連れの、しかも男にこんな感情を抱くようになったのかは、正直言って俺にもさっぱり判らなかった。まあ、世の中、そんなものなのかもしれない。

「やっぱり顔?」

「そういう事を自分で言うか、普通。……まあ、それもあるだろうがな」

 これでコイツの顔がコレじゃなく、例えばレイブンとかファットマンとかだったら、速攻で追っ払って終わりだっただろう。撃ち殺していたかもしれない。思えば昔から、もともと犬好きのはずなのに、きつめの猫っぽい美人に弱かった。男に惚れたのは初めてだが。

 しかし、ナオミやメイ・リン、オルガでも、「美人だ」とは思うし、セックスの対象とはなっても一緒に暮らすことはなかっただろう。

「俺はずっと……この顔が嫌いだった。この顔のせいでロクな目に会わなかったから」

 それは想像に難くなかった。内戦。チャイルド・ソルジャー。そんな中で雷電の綺麗な顔や白くて肌理細やかな肌は欲望や虐待を呼び込むことはあっても、何の助けにもならなかっただろう。だからこそコイツは自分を守るために、「切り裂きジャック」とまで呼ばれる戦士にならざるを得なかったのかもしれない。

 雷電はあまり昔のことを話したがらないし、俺もあれこれとは聞かない。そうそう忘れられるものでもないだろうが、辛い記憶が少しでも薄れるのなら、そっとしておいてやりたいと思う。ソリダスの一件で、もう過去とは決別したのだから。

「昔は酸で焼くなり、ナイフで傷を付けるなりしようかと思ったこともある」

 俺が少し眉を顰めたのを見て取ったのか、奴はくすくすと笑って続けた。

「昔は、って言ってるだろ。アンタが気に入ってるんなら、俺もこの顔は大事にする」

「顔だけか?」

「手が気に入ってるなら手も、足が気に入ってるなら足も。胸も、腹も、背中も…………アンタが気に入ってるとこ、全部、大事にする」

「…………なら、お前自身を丸ごと大事にしろ。身体だけじゃなく、心も、『単純軟弱石頭』なところも、もちろん命もだ」

 思わず言ってしまってから、そのあまりの恥ずかしい内容に俺は慌ててタバコをふかした。雷電が大きく瞳を見開いて俺の顔を眺めている。呆れているのかもしれない。イカンな、いい加減、考えなしに気障なセリフを言う癖を直さなければ。

 照れ隠しに、俺は指先で奴の額をパチンと弾いて水を向けた。

「お前は? お前は俺のどこが気に入ったんだ? 『伝説の傭兵』なんていっても、実物はただの不精な嘘つきオヤジだったろうが」

「ん~~。……最初は『声』、かな?」

 両手で俺の掌を表にしたり裏返したりと弄びながら言う。

「声?」

「ほら、ビッグシェルの時、直接話すより無線で話すほうが多かっただろ? そのせいかも」

「じゃあ、俺は喉を大事にすりゃあいいのか」

 だが、禁煙はお断りだぞ。

「わかってる。スネークのタバコはお守りみたいなもんなんだろ? 持っていくのを忘れたら、俺が自分で届けてでも持っていてもらう」

 絶対に、無事でいて欲しいから。

 真顔で言って俺の掌を頬に当て、祈るように目を閉じる。マリア様が本当にいたら、こんな顔をしているんじゃないだろうか。嘘のない迷いのない、優しい静かな微笑み。

 ああ。

 やっぱりコイツにはかなわない。負けっぱなしだ。

 わざと乱暴に抱きしめ、口付ける。厚手のカーテンに仕切られた窓の外から、朝の喧騒が静かに響き始めた。

 

 

 

 

 

そうです、最初は声なんです。いや~もう、切羽詰った声で「雷電!?何があった!?」と言ってもらうために一体何度ダイビングしたことか。ハリアーを落とさずただウロウロして「雷電」「任せろ」を何十回も聞いてみたり「大丈夫か?」「無理するな」のためにわざと天狗兵に身をさらしてみたり。ゲーム進行そっちのけで、ダンボール被ってエロ本持って女子トイレから無線しまくり。他の無線連絡(特にローズ(怒))は全部スキップ。「え~と、今何しに行くトコやったっけ???」となることもしばしば。

タバコもポイント高いです。基本的にヤニと汗の匂いのする男が好き(なのでうちの日向さんはいつもタバコ吸ってます。スポーツマンだからホントはまずいんだろうけど。未成年だしな(^^;))。私もヘビースモーカーなので、「1」の方で一仕事終えるたびにタバコふかしてるスネークには実に共感できます。タイミング合わせて自分もふかしてみたりして…………バカ丸出しです。

 しっかし、この話は書くのにすごく時間が掛かりました。雷電てば、処女じゃねーくせに面倒くせえなぁ、おい。まあ、しばらく後ろ使ってなかった(ソリダスの所から逃げた後、やってなかった(←すごい自己解釈))から仕方ないけど。まったく、スネークご苦労さん、って感じです。

 

 

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